九州また会いたいの旅!!

九州日食を巡る旅から、昨日やっと横浜に帰ってきた。ただいま!!
結局のところ、表向きの目的であった日食は、雨で、一瞬だけ暗くなり、北の空が明るくて、南の空が暗い、という不思議な光景を見た。
でも時間とお金をかけて、見れない島まで移動した、というのは事実悔やまれるけど、種子島はまた行きたいところになった。
海もきれいだし、魚もおいしいし、酒もうまい。でもやっぱり一番はこの島の人達にまた会いたい。
日食なんて口実でしかなくて、そんなのがなくても、集まれなければ、それは関係とは言えないだろう。

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鹿児島で鹿児島の人と出会い、
桜島行きのフェリーの中でFUNEを作る。
横浜から輸出した「鹿児島FUNEプロジェクト(仮称)」

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種子島で種子島の人と出会い、
皆既日食を盛り上げるお手伝いをし、共に食べ、共に飲み、共に歌う!

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種子島で大学の先輩たちと、見つめる?

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鹿児島で横浜の人に出会い、
鹿児島の味をごちそうになる。
色んな地域で色んな地域の人と出会い、知り合い、繋がって行く。日本は狭い。

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太宰府で福岡の人達と出会い、
熱い話やそうでない話をしたり、疲れと急性アルコール中毒でぶっ倒れたりする。

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移動距離とか、移動にかかる時間とか、移動にかかるお金とか、
待ち合わせの時間とか、イベントの時間とか、食事にかかるお金とか、集まる人数とか、最終電車の時間とか、降雨量とか、お酒の量とか、
どこかで誰かに会うのにはとてもたくさんの数字が使われているなあと思った。

横浜で初めて感じたのは、小学3年生が4年生になったり、ちっちゃかった人がちょっと大きくなったり、(またはちょっと小さくなったり、)人が当たり前に過ごす時間、その上にある成長みたいなもの。

僕らがアート業界、特にワークショップと呼ばれているイベント業が、いかに一過性の流れの中にあったか、という愚痴はさておき、やはりこの継続性の中にいられること、そしてそれを作って行けること、または作りたいと思うこと。

とても小さな「1」が0からピョコっと生まれて、その小さな1が集まって少しずつ大きくなる。
(もちろん成長して行く子どもを産んだのは僕じゃないけど、)そんな0から1、そしてそれが集まって大きくなって、長くなっていく、そんなスケール、定規みたいな物なのかな?それが見てみたいのかもしれない。

もちろん時間もお金もかかる遠いところに行くのは、大変だし簡単ではないけれど、もしそうゆう定規で地図を書き直したら、世界の地図は変わるだろう。
また会いたいっていう地図。
でも場所とか時間が関係あるから、また会いたいと思うのかな!複雑!!

堅い話、今後アートプロジェクトが、地域というものの中に残っていけるとすれば、そうゆう継続性ワークショップとしての場を作っていく事が課題になるのかなあという気がした。



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