カテゴリ:レポート/report( 72 )

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黄金町バザール2012のプレイベントで、ロンドンから来た女性3人組グループのSubject to_changeのみなさんとアーティストトークをしてきました。

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Subject to_changeは、「変更の可能性あり」というような意味。
彼女たちは、ライブアートカンパニーと自称していて、その名の通り、観客の参加によって、インスタレーションに変更の可能性が生まれ続ける。3人ともゴールドスミス大学の演劇学科を卒業しているということで、記録映像などを見ると、演劇学科卒業ということがうなずける演劇的なドキュメントに感じて面白かった。

今彼女たちの黄金町でのプロジェクトは、ワークショップで作った本を並べる図書館を作るというもの。僕も2010年に研究者の石幡愛と作った〈図書館〉がある。韓国のアーティストペ・ヨンファンも図書館のプロジェクトをやっていて、その話で盛り上がった。図書館というモチーフは、けっこうグローバル対応なんだな。

雨にも関わらず、多くの方が足を運んでくださった。ありがとうございました。


黄金町バザール2012は今月19日から。
http://koganecho.net/koganecho-bazaar-2012/

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幼稚園のアトリエコーナーは、絵の具やら木工やらをすることができます。絵を描いている子の隣で木片に釘を打ち込んでいる子がいる、という風景は珍しくありません。
子ども達は、友達が使っているものや持っているものをすぐに欲しがります。絵を描いていた子が、となりで金づちを使っている子を見て、
「〇〇ちゃんと同じの使いたい」
と言います。
「金づち?絵を描いてるのに?」
と思いつつ金づちを出して渡すと、紙を叩き始めました。
木工をやっている子達もそうですが、何かを作るという目的が明白で、金づちと釘という道具を選択し、金づちで叩くという行為をしている、というわけではなく、"金づちで叩く、のが楽しい"とか、"友達と同じことがやりたい"という動機でしかなく、それはただのアクションになっています。
なのでこの絵を描いていた子も、隣の友達と同じように金づちで叩きたかったんでしょう。

そこで、金づちに絵の具つけてみることを提案しました。
「いいの?」
と聞き返してきたのが意外でしたが、筆で金づちに絵の具をつけて、紙を叩き始め、やがて絵の上にボタボタと絵の具をこぼしてその絵の具をめがけて叩き始めました。

ジャクソンポロックも顔負けのアクションペインティング!

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つられて他の子も参戦!

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予想通り紙はぼろぼろ!

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金づちもカラフルに!
(もちろんちゃんと洗いました。残念。)


この子も、「いいの?」と聞き返してきたように、金づちに絵の具をつける、ということは、やってはいけないこと、という固定観念が生まれてしまいます。特に大人は。
普通に考えたらやってはいけないこと、を含めて、今までなかったものを組み合わせていくだけでも、おもしろい発明は生まれていきますね。
0から1を生み出す喜び、というよりも、1+1=10とかそういう感じかな?

やってはいけない、というのが植え付けられた考え方になっていくのではなくて、どうしてやってはいけないのか、どうしたらやってもいいことに変わるのか、って考えることも大事ですよね。


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報告展+トーク版!でんでん虫と羅針盤は、無事に終了致しました!
ご来場くださったみなさま、ご協力下さったみなさまに、改めて御礼申し上げます。

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今回の目玉は、なんと言ってもこの大漁旗の日傘でしょう!
被災地支援活動から生まれたつながりが、新たな活動を作り出し始めました。前橋に住む僕たちと、塩竈に住むあの人達が、このまちのこの店と、あのまちのあの素材をマッチング!

前橋の弁天通にあるセキネ洋傘店と塩竈で使われなくなっていた大漁旗が出会う。職人というまちの宝と、大漁旗というまちの宝のコラボレーション。今夏に販売開始する目標で現在準備中です。


26日は、1日限定のイベントにも関わらず、60名を超える来場者があり、苦手な広報はとりあえず合格点!と言えるのではないでしょうか。新聞に日傘の紹介をして頂いたこともあり、普段とは違う客層の方も増え、新しいリアクションやつながりが増えていく手応えもありました!
アートイベントは集客のためにあるのではない、という議論も多々ありますが、まずは集客ありきなところも大きいと思います。集客がなければ、回りで応援してくれている方に示しが付かないし、もしくは毎度お馴染みの固定客しか来なければ、内輪感が出てきてしまうし思考停止に陥ってしまいます。

アートプロジェクトはしばしば、地域の課題の向き合う活動だと言われます。
例えばセキネ洋傘店は、弁天通りで100年続く老舗で、群馬県内唯一の洋傘専門店。ご主人の関根健一(69)さんは、4代目の当主。その歴史の裏には、跡継ぎの問題や、大型商業施設の参入、店に並ぶ専門店ならではの洋傘の先に並ぶ300円の中国製の傘、など、複雑な気持ちになることも同時に見えてきます。地域でのアートプロジェクトがこれらの問題への解決策を提示するわけではありませんが、地域の中に入り込んで様々な活動をするとき、ふとこのような諸問題や課題がイメージ化されることがあります。

今回ドキュメントとトークで振り返った被災地支援活動に関しても、テレビを見ているだけでは知り得ない被災地の問題やニーズがありました。応急的ではありながらも、そのニーズに対するささやかなリアクションを続けてきたことを考えると、これから塩竈の人達と付き合いながらお互いの地域で活動していくことに、被災地支援活動との共通点はたくさん見出せる気がしました。
東北全域に視野を伸ばせば、被災地を巡る問題はまだまだ終わりが見えませんが、塩竈の人達とのつながりは、今後、被災地支援活動ではなく、交流型地域活動にシフトしていきます。

また、今回のトークでは前橋のまちなかで最近活動が活発化している前橋〇〇部を紹介しました。

http://www.facebook.com/maebashiooclub

交流型地域活動というと壮大なプロジェクトとして取っ付きにくい印象を生んでしまいそうですが、前橋〇〇部は、気軽に緩やかに続けて行くイメージを生み出すうまいパッケージングがデザインされている活動です。「〇〇したいを形にする」をキーワードに、様々な〇〇を部活動化してしまう、"軽いノリ"を活動体に仕立て上げるデザイン、とも言えると思います。

今後はこういった活動にもうまく巻き込まれつつ、プロジェクトへの参加者を増やしつつ、細くても長い活動を作って行きたいと思ってます。
みなさんもお気軽にご参加くださいな!

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今年度1年間、前橋市中心部にある私立清心幼稚園に関わることになりました。工作アトリエの講師?工作のお兄さん(おじさん?)といった感じでしょうか?常勤ではなく、ハイパーフレックスなので、ノマドワーカーなアーティストの僕にぴったりです。

まだ通い始めて2日なので、僕らしい関わりがどんな風に展開できるかは、まだまだ見えてきません。どこかの地域にレジデンスし始めて、やっと近所の人にご挨拶をし始めたくらいの段階です。明日は入園式なので、まだ知らない年少さんが入ってきます。

今までの経験をどういかせるか、そこから新しい試みをどう生み出せるか、が楽しみです。0から1を生み出す喜びに興味があります。十和田現代美術館の副館長に就任した藤浩志さんと比較するのは差し出がましいですが、芸術家の社会的役割を拡げる試みとしても捉えたいと考えています。
どうなるか分からないことを面白がりたい。

以下日々の覚え書き。

1日目
始業式。僕も転入生と同じく初めてみんなと顔を合わせる日。人見知りなので緊張しつつ、まずは様子を見つつ。子供たちからは「(新しい)先生なの?忍者なの?」と聞かれる。のっけからそう来たか…と思う展開。ちょんまげなので、侍とよく言われるが忍者は初めてだった。
後で分かった事だが、年中クラスの掲示板に先生が作った忍者のイラストがあった。それを見た後にちょんまげを見て、忍者と言ったようだ。でも「侍だよー」って言ってみてもパッとしないようだった。
今思えば、自己紹介で「先生ではありません」って言っておけば良かった。「なかじって呼んでね☆」とか。すっかり新しい先生になってしまって、困惑以上に先生方に申し訳ない気持ち。

それで、幼稚園のアトリエコーナーで工作のアドバイザーという感じが正式な立ち位置なのかな?でもこの幼稚園は変わっていて、登園したら幼稚園のどこで何をしていても良い、というフレキシブルスタイル。アトリエで工作するも外で遊ぶも良し。
なのでまだ僕には何歳の子がどのように動いているか分からない。(多分)年中さんの子達と外で遊んでいると、アトリエコーナーで工作が始まりつつあったので行ってみる。ナカダイのモノファクトリーから仕入れた素材達が並んでいて、みんな好き勝手にくっつけて遊んでいる。大量のボンドを塗り、張り合わせ、「見てー」と回りに言う。がスタンダードなスタイルっぽい。
昨年度末に先生達とナカダイに行って仕入れて来た素材達を、好きに使っていいという事に慣れていて、どうしたらいいか分からないという感じは無い。楽しそうにやっているからいいけど、どこかルーティーンワーク化しているようにも見えた。色々素材をいじくり回すのも重要なフェーズだけど。

その後ある男の子が木を切りたいというので、ノコギリを出してあげた。(ほんとはそれは大人用であまり出してはいけなかったらしい。)それを見た別の男の子が自分もやりたいと割と大きな木片を持って来た。端から端まで切りたいと言うのでやり方を教えたが、どう見ても危ないので、木を押さえていた。木を押さえていると他の事がなにもできない。そのままの体勢で、僕によじ上ってくる子達が現れ、小一時間木を押さえたまま立っていて、その僕の上に園児がいた。そしてアトリエの様子は見れなかった。そして園児達は帰って行った。(今日はお弁当が無しの日で帰りが早かったのだ)

2日目/4月11日
昨日見ていて、素材が多過ぎて、1つ1つの素材に向き合っているように感じなかったので、今日は仕掛けとして素材を限定してみることにした。
今日の限定素材は〈牛乳瓶の蓋〉と〈プラスチックのひも〉。
始め、作戦通り、「あれ?なんにもなくなってる!」という反応をする子がいた。牛乳瓶のふたはソフトプラスチックで大きさも小さいので、今までの容量で部品として扱いやすいのか、比較的すんなり使い始める。プラスチックひもは、大量のひもが絡まった状態で置いてあるので、どうしたらいいか分からないのか、誰も触れない。試しにひもの塊を園児の頭に乗せ、カツラって言ったら大喜びでかぶり始める。今までは気になった素材を手に取りくっつけるという作業だったけど、大量のプラひもはその後、お風呂ごっこに発展した。大量のひもに覆われる、という体験は、お風呂の水に浸かるという見立てに変わったようだ。

素材を隠して限定していたけど、その後いつの間にか木材が引っ張りだされてしまった。去年の年長さんがやっていたのを見ていた今の年長さんたちは、ずっと自分たちもやりたいと、憧れていたらしい。でも太い建材の端材しかなく、太い釘を打つ力も技術もない。ただひたすらに木と鉄をたたき続ける儀式のようだった。
今日木工をやっていた年長の男の子たちは、金槌を使いたいんだろう。金槌は釘を叩くための道具でしかなく、木材と木材をつなぎ合わせるためではなく角材に釘を打ち込んでいるだけの子もいたし、僕に打ち込ませた子もいた。つまり、まだ何かを作っているわけではなく、その行為が目的化されている。
でもまずは様々な技術や素材があるという経験をするのが大切なのかもしれない。金槌で釘が打てる。ということが、新しい(作品の)イメージを作っていくだろうし。次はインシュロックとかPPバンドとか持って行ってみようかな。

ちなみに昨日と今日の幼稚園で僕についたあだ名は「ちょんまげ先生」。あと、まだ関わってない園児の中には僕を忍者だと思っている子もいるらしい。
愛知で幼稚園児向けにワークショップしたときも、「ちょんまげ先生」と呼ばれた。


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佐藤家名物冬メニュー『炭焼きりたんぽ鍋』2012
2007年から毎年続いていて、今年で6回目となりました!

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新潟は莇平でもらったお米を潰して、

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丸めて、

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炭火焼!

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少し焦げ目がついたら出来上がり!!

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本場秋田から取り寄せた根っこ付きのセリが決めてです。
これはマジでうまいです。
※関東周辺で売っているセリの根は、食べるのに適してません。ご注意ください。

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毎年2月か3月にやっている家族の恒例行事(冬版)。2007年当時は長男瞭くんは小学校4年生、長女葵ちゃんは小学1年生だった。ママは若く(笑)、パパは炭火を起こすことができなかった。
ママが秋田出身と言う単純な理由できりたんぽ鍋をすることにして、秋田出身なのにきりたんぽ作り初体験のママの指導のもとみんなで始めたきりたんぽ作り。ここ数年はダシを比内地鶏で取り、根っこ付きのセリを使い、ただきりたんぽを作るということの中にも、"お馴染み"ができてきた。きりたんぽを焼くための棒も毎年使っていて焦げ目が増え、時間の積み重ねも感じられるようになって来た。

しかし1年は早い…。去年のきりたんぽについて、ブログも更新できないまま、1年が経ってしまった。気がつけば、瞭も来年から高校生。部活に勉強に恋愛に忙しい年頃になってしまった。きりたんぽ鍋なんて一緒につついてる暇ねーよ!とかいつか言われるのかもしれない。
横浜でも足尾そうだけど、こどもと関わるということは、その成長に付き合うということで、それは家族そのものの形と付き合っていくことでもあるんだなあとつくづく思う。
1年を年号で書けばとても時間が経っていくように感じるけど、それは全部地続きで、去年も一昨年も6年前も、今日も来年も再来年も、10年後も20年後も繋がっている。
そんな先の事まで分からないけど、次の年、また次の年と続いていって、やり方やメンバーがどんな風に変わっても、実は変わらないのは、始めはこうだった、この年はこうだった、とかいう履歴で、それを思い出すためにまた食べる、ということなのかもしれないなあ。

まあまた来年も楽しみです。

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前橋市内のとある幼稚園へ、卒園制作を見に行きました。


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これは滑り台だそうです。滑り台の部分の素材はなんとパンの袋を締めるプラスチックのアレ!名前は分からんな。
春からこの幼稚園と関わることになりそうです。公表はもう少し後で。

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1月17日、20日に宮城県塩竈市の仮設住宅伊保石ステーションの集会所でラジオ局を開局しました。
仮設住宅に住む方々のお茶飲み会とものつくり会にラジオ局をドッキング。

その様子を毎日新聞宮城県版に掲載して頂きました。


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GTS観光アートプロジェクト2011で企画されたこよみのよぶね点灯式は、11月20日(日)に無事に終了しました!
ご協力頂きましたみなさま、ご関係のみなさまに改めて御礼申し上げます。
また、寒い中ご来場頂きましたみなさまにも深く感謝いたします。

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会場は634mに達したスカイツリーを見上げる隅田川本流!言問橋から桜橋の間でした。
2010年は北十間川が会場となっていて、川幅がとてもせまく船は動かなかったのですが、今年の会場はとても広い墨田川!こよみ(数字の巨大行灯)を取り付けた屋形船・釣り船が川を行き交う風景を作ることができました。

今年も数字の1~6を浮かべました。東京では1~5まで作りました!簡単に紹介します。
今年は全ての数字の制作をプロジェクトメンバーに委託する形で進めました。それぞれの制作担当が最後までその数字に思いを込め続ける姿が、今年のこよみのよぶねで印象的だった風景の1つです。


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数字の1は昨年のメンバーでもある張順希さんデザインによるもの。張さんは今年2年目のメンバーで1月に長男を出産予定!そんな妊娠中の張さんに1のデザインを依頼しました。
張さんは新しく生まれてくる子への期待感もあるが、まだ産んだことがないのでどんなものなのか分からない、という思いの方が強いと話していました。そんな思いから、たまごや母体のような柔らかい形の中に、新しく生まれてくる命が入っているようなものはどうかとデザインを提案してくれました。
そのデザイン案をもとに作ったのが、1の外側にさらに竹を組んで和紙を貼り、1を覆い隠してしまうデザインです。さらに、全て覆い隠すのではなく、船に取り付けた時に、四方から見ると1だと分かるように覆いました。そしてこの1の最大の特徴は、外側の和紙をスクリーンにし、中に入った1に切り込まれた1の形の穴から漏れる光が、外側の和紙スクリーンに映り込む!という仕掛けです。
みるみるうちに大きくなる妊婦のお腹の大きさに比例するように、新しい命への期待感も大きくなる。柔らかい外皮に守られた1から、まるでその期待感を写し出すかのように1の光がこぼれてきます。

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数字の2は、同じく去年のメンバーでもある坂本千弦さんによるデザインです。
坂本さん率いる2チームは、ワークショップというよりもガッツリ制作部隊という雰囲気で怒濤の制作風景を繰り広げました。「他の数字が小さくて可愛らしいからでかい龍にする!」という大阪のおばちゃんノリで、とてつもなく大きな龍をとてつもなく重い龍に仕立ててくれました。おかげで運搬も取り付けもとてつもなく大変なことになりました。
でも浮かべられて撤収もできて無事に岐阜に辿り着いた。ということは、取り付け担当の庭師古川提乾親方の腕前レベルがとてつもなく上がっているということでもある。


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数字の3は、今年から参加した大高智子さんによるデザインです。
ご存知の通り本年の3月11日に発生した東日本大震災では多くの方が被災されました。とても多くの方が亡くなられ、多くの生活、文化が失われたことはとても悔やまれることですが、被災地は力強く復興に向かっています。大高さんデザインの3は止まない雨はない、という力強いメッセージを、3のアーチを虹に置き換える可愛らしいデザインです。
大高さんはこよみが桟橋に運ばれてからも3に紙を貼り続けました。終わっていなかったのではなく、ブラッシュアップのためです。その姿を怒濤の作業をしている横目で眺めていました。ある意味空気を読めていないという言い方もできますし、リーダーとして黙認したという言い方の方が正しいのかもしれませんが、僕は同じ表現者として、その姿を力強いものだと思いました。


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数字の4は、ヒビノスペシャル新アシスタントの森本早紀さんによるデザインです。
正面から見ると桜の形、側面から見ると数字の4というトリッキーなデザインです。春の桜をイメージして、ブルーの面には小さな桜の花びらを敷き詰めました。


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数字の5は、昨年から参加していて、今年はサブリーダーとしてがんばってくれた長田雛子さんによるデザインです。
さなぎが蝶になる瞬間を数字の5で表したユニークなデザインですが、もっぱら「蛾なんじゃないか」という噂で持ち切りでした。台東区生涯学習センターをお借りしてワークショップを行い、多くの台東区民の方にも参加して頂きました。来年もワークショップができるなら、ぜひまた生涯学習センターでやりたいなあと思う良いワークショップでした。来年やったらまた会えるかな?


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数字の6は、こよみのよぶね発祥の地岐阜の方々がデザイン、制作し、東京にやってきました。
同じように東京で作った1~5も岐阜に行き、岐阜で作った6~12と並んで長良川に浮かびます。

岐阜県岐阜市での点灯式は、12月22日(木)16時頃からです。
鵜飼で有名な長良川が舞台です。長良橋にお越し下さい。
運航終了は20時ころで、その後、こよみを一気に解体します。

来年1月の左義長(こちらでいうどんど焼き)で、炊き上げ、こよみのよぶねの2011年が終わり、2012年が始まります。


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岐阜の津川佳子氏から、左義長(どんど焼き的なやつだと思う)で昨年作り上げたこよみのよぶねを焼いた、というメールを頂き、昨年10月から取り組んでいたこよみのよぶねのことを思い出した。2006年から岐阜で始まり、昨年東京で初めて行われたこよみのよぶねの5年目が終わり、6年目が始まった。佳子氏のメールの件名は「終わりは始まり」、日比野さんが言うように、「燃やしてなくなってしまえば、また作ることができる」まさにまた集まって作るための始まりということだ。
昨年末は岐阜に行くことができたが、まだ左義長には行ったことがない。自分たちが作ったこよみが燃やされる機会をやっぱり観に行けば良かったなあ。

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そして昨年12月22日、その岐阜で始まったこよみのよぶね本家本元の舞台に、僕たちが東京で作り上げたこよみが、浮かんだ!
東京ではオンブズマンややる気のない行政や下らないディレクションに阻まれ、北十間川に狭しと浮かぶことしかできなかった。(通りすがりの近隣の方々は、喜んでくれた。)その上、処分の仕方にまで悩まされ、どんど焼きも行政に断られ。行き場をなくし、産業廃棄物になりかけたこよみ、日比野さんに岐阜に持って行ってくれ!と頼んだ甲斐があり、4tのトラックに無理矢理積み込み、岐阜で芸大OBの中西と多摩美チームが修復をし、思いがけず屋形船に取り付けてもらうことができ、2時間もの間長良川を浮かんだ。しかも作ってくれた東京チームを乗せて。
(僕は船酔いするので、陸から眺める。)

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12月22日冬至の日。1年で一番夜が長い日。
1年で一番長い夜と、1年で一番短い昼が交じりあう美しい瞬間に、こよみは点灯し、
金華山と名月を背景に、鵜飼で有名な長良川に浮かび流れる。

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浮かんだだけでなく、僕らの作った4は、岐阜の1から12の中に入っていた。岐阜では間に合わなかったのと、今回から岐阜市以外の、大垣市と郡上八幡市でもこよみを制作しており、地域間交流プログラムの中に、東京も入った、というわけだ。
日比野さん(日比野家)を始めとする岐阜の人達や、親方のいる一宮の人達も十分に濃いキャラクターを持った人達だなと思っていたけれど、大垣や郡上八幡のチームもなんだか濃かった。その分今年の岐阜市チームは薄かった。

というか途中まで、今年のリーダーはいないんだと思っていた。現場で僕ら当日スタッフ(そもそもスタッフのつもりでは行ったわけではないけどまあいつもの流れ。)に指示を出しているのは初代リーダーの佐部利氏と、昨年のリーダー佳子氏。
うーむ、なんだかもやもやするので、少し岐阜のことを考えてみる。

<こよみのよぶね岐阜2010について思ったこと>
・リーダーの不在
東京のこよみで、僕がここでいう意味のリーダーを全うできていたかどうかも大きな問題かもしれないけれど、まず単純に考えて今回の岐阜リーダーについては、顔が見えない、存在を感じない、リーダーシップがない、全体の流れを読めていない、という印象だった。岐阜の人達のフォローは、作り手ではない素人だから、ということだったが、素人であることが言い訳でもいいけど、顔が見えないという点に関しては理由にならない。
・歴代の参加者の不在
僕は2005年の最初のこよみにも参加させていただき、岐阜には多くの知り合いをもつことができた。どこかの地域を訪ねると言うことは、その地域に根を張って住んでいる人達の顔を思い浮かべることである。しかし今回のこよみにはあまり多くの「岐阜の人」が来ていなかったように思う。というか全然会えなかった。冬至の日にこだわっているため、平日であったから、来場者自体は少なかったようだ。もちろんそれは大きな要因なんだろうけど、やはりこよみのよぶねが地域のお祭りであるならば、地域の人達が休みを取って来るようなものを目指さなければならないだろう。ましてや終日参加することはできなかったとしても、一瞬たりとも姿を現さないという態度は、コミュニティーとして疑わしいと思った。それでは地域は作れない。
・「素人」と「作り手」の境界線
このような市民参画型のワークショップで一番難しい問題だなあといつも思うのは、ビジュアルのクオリティーをどう捉えるかということ。今回の東京でのこよみ制作は、東京芸術大学が中心になり、都内の美術大学に通う学生チームが中心となって制作を行った。1ヶ月という短い時間ではあったが、それが逆に集中力をアップさせ、納得のいくクオリティーのものができたように思っている。そして何よりもリーダーとしての僕の思いは、墨田区を始めとする東京の人達に見せるためだけではなく、岐阜の人達の顔を思い浮かべながら作った。5年の歴史と経験を持つ岐阜の人達に見せた時になんと言われるだろうか、その歴史と経験をくつがえしてやる!などと、競争意識を(勝手に)楽しみながら作り、それらが長良川で対峙することをイメージし続けて当日を迎えた。
そして当日、岐阜のこよみのよぶねのクオリティーの低さに戸惑った。「市民が作った」とか「みんなで作った」ということの美学は、何にも変えられない感動を生む。しかし、あくまで長良川に浮かべて来場者の目を楽しませるものである。見た目の美しさというのは必要ないはずがない。しかし、人が感動するほどのビジュアルを作るのは、我々ビジュアリストの仕事である。そもそも岐阜の市民が作ったこよみを見て、見た目がかっこわるいと思うこともビジュアリストとしての視点なんだと思う。
ただ、結局のところ僕たち東京チームが岐阜のこよみの修復と、構造の補強を行うことになった。ビジュアルのクオリティー、の要素には、構造としての強さは言わずもがな含まれる。岐阜のメンバーにももちろんそれができる作り手がいるが、5年の歴史と経験と、そういった人的ネットワークを全く感じないクオリティーだったということ。
作り手のビジュアルに対するエゴなだけではないはず。
・行政のバックアップがなくなったこと
日比野克彦を観光大使にし、市民参画という行政が好きそうな言葉を使っていても、行政は手を引くんだなあ。
行政に頼るのはなく、地域が立ち上がらなければいけない。


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さて、そんなこよみのよぶね(岐阜の1~12、東京の1~6)が14日、左義長にて灰になった。
日比野さんは、「燃えてなくなれば、また作ることができる」と言っていた。
1年という時間に思いを馳せながら作り、次の1年を思いながら燃やす。

東京では来年もあるのかな?

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東京と言えば、多摩美彫刻科チームはさすがだ。岐阜まで自腹で来て、ものすごい活躍ぶりだった。
東京でも多摩美チームがいなければ絶対にできなかった。庭師の勢いもものすごいけど、多摩美チームもすごい。彼らはまだ1年生、これからどんな作家になっていくんだろう。
人との出会いというのは常に、"今まで"と"これから"に支えられた"今"の中にあるような気がする。多摩美の子達がこよみに来てくれたことは僕の中では意外な出来事だったけれど、今までのことを話のきっかけにして仲良くなりながら、これから先の時間を想像するための今をみんなで作り上げていく。庭師親方の古川乾提氏も庭師のネットワーク『庭JAPAN』を主宰し、今までとこれからのための今のネットワークを作っている。

今回の東京のこよみも、岐阜のこよみも、親方チームがいなければ浮かばなかった。
岐阜のこよみは僕らがいなくても浮かんだだろうけど、大変だったと思う。
人のつながりがあるから、できる。
人のつながりは最強の武器だ。




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海なし県出身の中島が生まれて初めての潮干狩りに行ってきました。

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足の指でも掴めるほどアサリ採れました。
おすすめのイベントですよ!

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そのアサリを持って、これまた生まれて初めて向島へ。
アートスポット鳩やに滞在しているアーティスト三宅航太郎さんが企画してくれた中島佑太の作品プレゼン会へ!

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採れたアサリをセッティングして、どこでも潮干狩り!!

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来る予定のほとんどの方達はこのエリアで行われている墨東まち見世のスタッフの方だということでした。
今日はミーティングがあり、遅くなるとのことでしたので、第1部をゆったりとスタート。
横浜から岩ちゃん、インサイドアウトからヒフミさんが来てくれました。

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アサリの酒蒸し、クラムチャウダーを食べながら、お話しします。

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第2部。

今回はゆっくり話せなかったので、また今度お話ししたいですね。
こんな感じで久々にアーティスト中島佑太としての活動をした訳です。

またこうゆうトークシリーズを増やしたいなー


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